目次


第26回MACSコロキウム

 

開催案内

日時

2024年7月8日(月)14:45〜18:00

 

開催場所

理学研究科セミナーハウス (対面のみ)
アクセス建物配置図(北部構内)【10】の建物







 

プログラム

14:45〜15:00

ティータイムディスカッション

15:00~ 16:00

講演1

「太陽風が奥深く入ってくる場所での地球の大気とプラズマの振る舞い」

田口 聡 博士

京都大学理学研究科地球惑星科学専攻 教授 兼 附属サイエンス連携探索センター センター長

 

地球の周りに広がる磁場は、その形状のために、太陽からの荷電粒子の流れである太陽風を特定の道筋に沿ってたやすく地球の近くまで入り込ませている。この流入過程がきっかけとなって、電子だけが狭い範囲で地球に向かってたたき落とされたり、幾重にも重なったオーロラが激しく揺れ動いたり、また、平衡状態にあるはずの超高層大気がゆっくりと上方に持ちあげられたりしている。こういった現象を解説しながら、太陽地球系物理学という分野の研究の醍醐味も伝えたい。

16:15〜17:15

講演2

「植物科学のために挑んだ学際融合」

野田口 理孝 博士

京都大学大学院理学研究科生物科学専攻植物学系 教授

 

植物は私たちの社会に食料・材料・環境を与える存在であり、その生物システムを深く探究し理解することは将来の安全な社会を実現するために重要と言える。生物科学は、生物の発揮する魅力的な仕組みや機構を次々と明らかにしており、植物の精緻で動的な姿を捉えてきた。しかし、生物学単独で研究の壁を乗り越えてきたわけではない。植物科学を突き詰めるべく、異分野の学際分野に飛び込んだ体験を研究の歩みとともに述べたいと思う。

17:15~18:00

継続討論会 コロキウム講演者との情報交換会

  

備考

・事前の登録は不要です。多数のご参加をお待ちしております。
・本コロキウムは理学部・理学研究科の学生・教職員が対象ですが、京都大学・理化学研究所に在籍されている方はどなたでもご参加いただけます。
・問い合わせ先:macs*sci.kyoto-u.ac.jp(*を@に変えてください)


開催報告

第26回MACSコロキウムの前半は、京都大学理学研究科地球惑星科学専攻の田口聡博士に「太陽風が奥深く入ってくる場所での地球の大気とプラズマの振る舞い」というタイトルで講演していただきました。

講演はカスプの紹介から始まりました。太陽から吹き出す高温の電離した粒子のことを太陽風といいます。地球は磁場を生成しているため、太陽風を構成しているイオンと電子の大部分は地球の周りを去っていくのですが、地球の磁気圏にはカスプと呼ばれる漏斗状の領域があり、そこから太陽風のごく一部が地球の電離圏の奥深くまで入ってくるそうです。ご講演では、カスプで生じる様々な現象についてご説明いただきました。

まずは、IMAGE衛星での低エネルギー高速中性粒子の観測データによって、太陽風のイオンが入ってくるカスプの動きを捉えた研究を紹介していただきました。2つの人工衛星による共役観測をすることで、カプスイオンの領域がメソスケールの塊として動き、装置の観測視野から数分で出ることや、イオンのエネルギーフラックスが非常に強い場合のみ観測可能な高速中性粒子を放射していることがわかったそうです。

次に、新たに作った全天撮像装置用いてオーロラの光を捉えることで、オーロラの原因であるカスプに入ってくる電子の振る舞いを調べた研究が紹介されました。電子の振る舞いは複雑で、カスプに入っている電子は5分程度の周期で極方向に移動する傾向があることや、電子はイオンとは異なり数千kmの高度で磁力線に沿った電場(慣性アルベーン波)にたたかれていることが分かったそうです。慣性アルベーン波に基づいて電子のたたかれ方の時間発展や空間分布を説明するのが今後の課題とのことでした。

続いて、数値シミュレーションによって高度約400kmのカスプに生じている中性大気の質量密度増大現象を調べた研究を紹介していただきました。質量密度が増大している場所では、アルベーン波によって微細な強い電流が磁力線に沿って流れていることが知られているため、アルベーン波の捕捉過程を取り入れて大気・プラズマ相互作用の数値シミュレーションを行うことで、高度300kmの加熱率が400kmの質量密度増大と関係していることが明らかになったそうです。

最後に、最近の取り組みが紹介されました。地上へのアルベーン波の漏れを捉えることで電子のたたかれ方を調べるために、高感度磁場自動観測装置をほぼゼロから作りあげ、2023年9月に設置し、現在データをとっているとのことでした。

カスプの研究の魅力は、常に地球の様子と太陽の状況の両方を考えないといけないところにあるというお話で講演は締めくくられました。

講演後の質疑応答では、カスプを実験室で再現できるかどうかについての議論などで大いに盛り上がりました。

(文責:伊丹將人)

 

2024年7月のMACSコロキウムの2つ目の講演では、京都大学大学院理学研究科生物科学専攻植物学系の野田口理孝博士に植物の生存戦略や環境への応答メカニズム、そしてそれらを利用した農業技術についての最新の研究成果についてご紹介いただきました。野間口博士は、私たち人類が植物に依存しており、作物生産量と人口は密接に関係しているという観点から、植物の重要性を強調しました。また、世界の農耕地の約40%が塩害や貧栄養といったストレス土壌に影響されていることから、農業リスクが社会的課題である点も指摘されました。

植物の環境応答メカニズム
「植物は環境にどのように応答するのか?」という問いに対して、講演者は、植物の応答メカニズムについては未だに多くの点が解明されていないと述べました。動物と同じ進化のチャンスを持ちながらも、植物のシグナル伝達や環境への適応メカニズムについての理解は遅れていると言います。
現在、研究が進む中で、植物は環境からの刺激を全身に伝えるシグナル分子を輸送し、応答するということがわかってきています。その証明のために「接木(つぎき)」という技術が用いられており、この技術によって、植物が異なる種間でシグナルをやり取りできる可能性が示唆されています。

接木技術の進化と応用
従来、接木は近い種同士でしか行えないとされていましたが、講演ではシロイヌナズナとタバコといった異なる植物間でも接木が成功した例が紹介されました。特にタバコは、アブラナ科やマメ科、ウリ科など、他のさまざまな植物と接木ができることが判明しました。この発見により、ストレス耐性のある植物と接木を行い、困難な環境でも栽培可能な作物を生産するという新たなアプローチが生まれました。電子顕微鏡による観察では、接木によって細胞壁が薄くなり、微小のトンネルを通じて細胞間でシグナルが伝達される様子が確認されています。

農業への応用と今後の展望
接木技術の農業への応用として、接木苗の育成が挙げられました。従来、接木は熟練した技術を持つ職人が行う必要がありましたが、講演ではその作業を容易にするための「接木チップ」技術が紹介されました。この技術では、暗所でまっすぐに育てた苗を明所に出すことで、接木しやすい形状に整えられる苗が作成可能です。こうした技術は一般的に利用可能で、すでに市販化されており、Amazonでも購入できるとのことです。

この講演は、植物の生物学的理解が農業技術とどのように結びつくかを示し、環境問題に対する新たな解決策を探る上で非常に興味深いものでした。

(文責:三上渓太)